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ホピ・カチーナ人形コレクション by Katsin' Manas Tokyo

アメリカ大陸最古の住人ホピ族が信仰する精霊を表したカチーナ人形。当サイトは、伝統的スタイルのカチーナ人形の魅力をホピの文化と共にご紹介するものです。ご希望の作品がございましたら、管理人までお問合せください。
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ポワムヤ、浄化の月(2月)とカチン・マナ
        kerwan and mana for blog

カチーナのシーズンは、冬至から始まると言われていますが、実際、カチーナがダンスする儀式が行われるのは、2月に入ってからのようです。
ホピの2月は、「ポワムヤ」と呼ばれ、それは浄化の月を意味しており、ビーンダンスと共にスタートします。7月の「ニーマン」(カチーナが天の住処へ帰る儀式が行われる)と同様、1年のうちで最も重要な月とみなされ、日本では旧暦のお正月に当たる時期であり、寒さもピークを迎えます。
厳寒のなかの浄化の儀式といえば、日本では、「寒禊」が思い浮かびますが、ホピの「ポワムヤ」では一体どのような儀式が行われるのでしょう?

実は、私たちカチン・マナスは、この名前を命名してくれたホピの女性、マーリンダさんから、ポワムヤのビーンダンスに来ないかとお誘いを受けました。しかし、3月の展示会をひかえ、スケジュール的に難しく、また、ホピの居留地では今年は特に積雪が多く、道路が通行止めになっているところもあると知り、せっかくのチャンスでしたが訪問を断念しました。それだけに、ポワムヤへの興味はつのるばかり。

そんな折、見つけたのが、ポワムヤとカチン・マナに関する上のイラストでした。
19世紀末のホピのアーティストが描いたものです。向かって左がカチン・マナ(髪を後ろへ下ろしています)、そして右にいるのは「ケルワン」と呼ばれる冬至のカチーナ、又は萌芽のカチーナです。その間に置かれているのは、平らなバスケットに盛られたキヴァで育てられたビーンの発芽したもの。カチン・マナとケルワンによって、村の広場で人びとに配られているところです。厳寒の中、発芽ビーンズを配るカチーナたちのほのぼのとした顔に、心が温められます。そういえば、我が国の節分の豆まきも、寒い中、神社の神楽殿から人びとに向かって豆がまかれますが、この風習の根底には、同じ農耕民族として共通するものがあるのかも知れません。興味深いです。
イラストは、"HOPI KATCHINAS" by Jesse Walter Fewkesより

なお、ホピ・カルチャー・センター・ミュージアムの元館長、アンナ・シラス女史が著した"JOURNEY TO HOPI LAND"には、「ホピの1年」という章が「ポワムヤ」、浄化の月である2月から書き始められていて、そこには、この月が、若者たちのカチーナ社会への入会儀式への準備、彼らの成長と発達のための祈り、それと同時に、大地の準備と作物の成長を祈るためにあること、そして又、ポワムヤは、生命のあるものも、ないものも、又、目前のホピの環境だけでなく、世界中の隅から隅までが浄化されることを祈る儀式の月でもあることが述べられています。また、結婚もこの月に行われるようです。そしてその年の7月、ニーマンの儀式のとき、新婦は、カチーナからカチーナ人形を手渡され、祝福されます。それは、彼女の一生の宝となり、生まれてくる新しい生命を祝福する意味を持っています。

さて、今日から2月。地球上の全てのものが浄化され、地球が少しでも元気になるよう、私たちも、それぞれの方法で祈りたいと思います。

Copyright (C) Katsin' Manas TOKYO 2008. All rights reserved.
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ホピ族とカチーナ人形
             On the House Top, Hopi

日干し煉瓦作りの建物の上に登っているホピの娘たち。未婚の女性を表す「ナアソミ」と呼ばれる髪型がチャーミング!1906年。Photograph by (c) Edward S. Curtis

ホピ族はアメリカ大陸最古の住人であり、先住民のなかでも最も神秘的な部族と言われています。因みに、「ホピ」とは「平和の人びと」を意味するものです。彼らは、アリゾナ州北東部の不毛の砂漠地帯の「メサ」と呼ばれるテーブル状の岩山の台地に住んでおり、何千年もの(アメリカ大陸に渡来する前を含めると5万年以上という)歴史を持ち、独特の世界観と伝統的な生活様式を保持しています。それは、厳しい自然環境と簡単には近づくことのできない陸の孤島という地理的条件が、外部からの侵入を拒み、他文化の影響を免れさせたからと言えます。彼らは、西暦1世紀頃(西暦12世紀初めという説もあります)に今の土地へたどり着き、定住し始めたと考えられています。現在、3つのメサに12の集落があり、人口は約9,000人。自然と共生しながら農耕生活を営み、年間を通して多くの宗教儀式や祭りが行われています。ホピの人びとの世界観の土台となっているのは、物質本位の現代文明社会とは全く違う霊的なものを重視するものの見方です。それは、万物には目に見える形と魂という二つの世界があるという考えです。そして、彼らの宗教観である「カチーナ信仰」には、ホピの世界観が反映されており、この世界の全てのもの、動物、植物、雲、風、星、祖先・・・・・、には「カチーナ(ホピ語で精霊を意味します)が宿っていると信じられ、彼らの生活に密接な関わりを持ち続けてきました。
カチーナは、神と人間の中間的な存在であり、人びとの願いを神に伝えるなど、多くのものが天使のような役割を担っています。その種類は300以上数えられます。彼らは、サンフランシスコ・ピークスと呼ばれる聖なる山に住んでいると信じられ、1年のうち約半分(冬至頃から夏至頃まで)、ホピの村々にやってきて、砂漠の生活で最も大切な恵みである雨をもたらしたり、人びとに知恵を授け、正しい生き方に導き、助けます。

因みに、ホピの人々にとって、「カチーナ」という言葉には3つの意味があります。
1)彼らが信仰する精霊。
2)その精霊であるカチーナをキヴァや儀式で擬人化する男たち。
3)精霊を木の人形として形どったもの。

       buffalo dance

ホピ族の儀式のひとつ「バッファロー・ダンス」。1921年。Photograph by (c) Edward S. Curtis

ホピ族の儀式では、男たちが仮面と衣装をまとってカチーナを演じ、伝統的なダンスと歌を神に捧げ祈ります。彼らは、こうした儀式や「キヴァ」と呼ばれる半地下にある男だけの祈りの場所で、神々と交信し、それによって得た霊力によって精霊を模した木製の人形「カチーナ人形」を彫ります。そしてそれらを儀式において、通過儀礼前の少女や、その年に結婚した新婦に贈ります。それは、彼女たちを守り、幸せにする一種もお守りであり、一生の財産となります。

             Hopi Kachina Maker

カチーナ人形を作っているホピの男性。年代不明。Photo source (c) Fred Harvey

カチーナ人形が作られ始めた時代については定かではありませんが、スペイン人がホピへ侵入した1540年以前から作られていました。材料にはコットンウッド(ハヒロハコヤナギ、ポプラ)の根っこの部分が使われ、ナイフで彫られ、様々な塗料(自然顔料、油絵の具、アクリル絵の具、テンペラ絵の具など)で彩色され、羽根や貝がら、植物、布などで装飾されます。それらは、1890年代頃から売られるようになり、そのプリミティブだ豊かな芸術性が多くの人びとの心をとらえてきました。ピカソ、アンドレ・ブルトン、マックス・エルンスト、エミール・ノルデ、マルセル・デュシャン、ジョージア・オキーフ、アンディ・ウォーホルなどの有名アーティストや文化人が、カチーナ人形のコレクターとして知られ、また、オキーフやアンディ・ウォーホルは、カチーナをモチーフにしたアート作品を残しています。

数百年の伝統を受け継ぎ、1体1体魂を込めて作られているカチーナ人形。それは、見るものに芸術的な感動を与えるばかりでなく、心を温めてくれる不思議な力を備えており、ストレスに満ちた現代社会に生きる私たちを癒し、元気付けてくれます。
今後益々、人びとを魅了するに違いありません。

Copyright (C) Katsin' Manas Tokyo 2007. All Rights Reserved.
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