2007/12/16 Sun
カチン・マナス Katsin' Manas 誕生まで

私がカチーナ人形を知ったのは、今から20年以上前、パリのセーヌ川沿いの古本市でした。たまたま手にしたアンドレ・ブルトン関連の雑誌の中に出ていた1枚の写真、そこにブルトンの後方に奇妙だけど可愛い人形が写っていたのです。アフリカの木製人形とは違う素朴で不思議な魅力を持つ人形。とても気になったのですが、その雑誌を買うお金もなかったため、それ以上考えるのは止め、その人形のことは頭の片隅に追いやっていました。

写真上:アンドレ・ブルトンとジェラール・ルグランの共著「魔術的芸術」(1957年)に掲載されていたカチーナ人形の図版。(夜想13号「シュルレアリスム」 ペヨトル工房より)
写真下:シュールレアリストのグループ 1930年。前列左から2番目がアンドレ・ブルトン。(シュルセクシュアリティ PARCO出版より)
私は人形の世界で30年近く仕事をしている人形の専門家であり、ディーラーです。最初は、19世紀ヨーロッパのアンティークドール、その後、20世紀のファッションドール、そしてアーティストが作る人形などを扱ってきました。そうした仕事柄、いろいろな時代、様々な人形と出会う機会が多くありましたが、その殆どが白人の服飾文化を反映したものであり、それ以外の世界の民族色の濃いプリミティブな人形たちについては、知識も全くといって良いほどなく、かの人形が何者であるか分かったのは、随分後になってからのことでした。

それは、2004年1月、パリのアル・サン・ピエール美術館で開催されたPoupees 展です。現代のアーティストが作った人形と、古い時代のプリミティブな人形を同時に見せるというユニークな展覧会でした。その会場で、私は、2体の素朴だけれども入念な作りの可愛い木製人形を見つけ、すぐさまそれが、かの人形と同じ種類のものであることを直感したのです。
彼らの名前は、Poupee de Kachina 1900年頃アメリカの先住民ホピ族とズニ族が作った人形であることを知りました。プリミティブで豊かな芸術性と白人文化には見られない神秘性、まさにブルトン好み、シュールレアリストのアイドル人形になったことが容易に理解できました。そして何よりも私の魂の奥底に眠っていた何かを目覚めさせる不思議な力がありました。そして折りしも、その夏、神奈川県立近代美術館・葉山で、「アンテスとカチーナ人形展」が開催され、私のカチーナ人形への想いは一気に加熱。手当たり次第、関連書籍を読み漁りました。

写真は、POUPEES展の図録より。上がズニの「シオ・ヘミス」、下がホピの「ポリ・マナ」。
それからちょうど2年経ったある夏の日、全くの偶然から、昔お世話になった上司で名プロデューサーとして知られるT氏に再会。彼がカチーナ人形の展覧会の企画を数年前から温めたいたことを聞かされ、そのプロジェクトに参加しないかと誘われたのです。あまりのタイミングの良さに驚くと共に、何か大きな流れに乗せられたという感覚を覚えました。そして二つ返事で引き受け、それからは、日夜努力を積み重ね、結果、プロジェクトは玉川高島屋に受け入れられ、「ホピ族の精霊たち カチーナ人形展」(2007年10月24日〜11月4日)として実現されました。


話は戻りますが、上述の展覧会が決定したからには、現地へどうしても行ってみたい、しかし、英語はおそまつ、車の運転はできない、ハンバーガーが食べられない、と3拍子揃ったアメリカ嫌いの私が、アリゾナの砂漠の中にある陸の孤島のようなホピ族の居留地へ一体どうやって行くのでしょうか?想いや精神の高揚だけで、そんな旅ができる訳がありません。ところが、幸運の女神が現れたのです!20年以上の良き友で、ロサンゼルスに住むアートとデザインの専門家である市川実英子さんが、見るにみかねて同行すると言ってくれ、また彼女の友人である写真家の男性Y氏も彼の4厘駆動車とともに加わってくれることになったのです。こうしてホピランドへの3人のハードで超ユニークな旅(ロスからホピまでずっとドライブ)が今年4月に実行されました。そして何と3ヶ月後の7月に、50℃を超える激暑の砂漠地帯を、まるで熱病にでも罹ったかのように、もう1人のメンバーを加え、4人で再びホピランドへ。勿論、目的も意味も更に深まるものでしたが、冷静に考えてみれば狂気の沙汰としたいいようがなく、それはホピの土地が持つ強烈な磁力にでも吸い寄せられたとしか思えませんでした。そして、これらの旅を通して、多くのホピのカチーナ・カーバーや村の人びとと知り合いになれ、交流が始まりました。
又、何よりも私を驚かせたのは、人形には全く興味がなかった市川実英子さんが、「ミイラとりがミイラになる」がごとく、私以上にカチーナ人形にはまってしまい、カチーナ人形とホピのことを本気で取り組み始めたことでした。私たちは、大いに意気投合し、上述に展覧会の後も、日本でホピとカチーナ人形を広めて行こうと決意を固めたのです。
人形とアートという観点からカチーナ人形とホピの文化にアプローチし、日本とホピの友好関係を築いて行く活動をしたい、これが私たちの目指すものです。そして私たちが活動するに当たっての名称を、「カチン・マナス Katsin' Manas」と命名してくれたのが、マーリンダ・コーヤクァプテワさん。彼女は上述の展覧会で来日したホピのカチーナ・アーティスト、マニュエル・シャヴァリエJr.氏の奥さんで、第1メサ出身の有名陶芸家ナンペヨのひ孫に当たる方です。
下のイラストは「カチン・マナ」の顔。Hopi Kachina Dolls by HAROLD S. COLTONより

Katsin' (カチン)は、Katsina(カチーナ)の略であり、ニックネームのようなもの。Mana (マナ)は、ホピ語で未婚の女性を意味します。Manas(マナス)は複数形。
因みに、ホピの儀式において、「カチン・マナ」は、最も知られた乙女(未婚の女性)のカチーナ(精霊)であり、トウモロコシの成長と収穫を祈る役割を担っています。
カチーナのアルファベット表記は、本来、Katsina が正しいのですが、英語表記では Kachina が一般的に使われています。私たちは、ホピへの敬意を込めて、ブログ名にKatsinaの略であるKatsin' を使用するものです。但し、一般的にカチーナ人形を意味する場合は、Kachinaと表記することにしました。
かくして「カチン・マナス Katsin' Manas」の名前を名乗ることになった私たち、TOKYOとLAからそれぞれのブログを立ち上げました。
この愛らしい響きを持った崇高な名に恥じないよう、良き活動をして行きたいと思います。
どうぞ応援してください。

写真左がカチン・マナスLAの市川実英子さん、右がカチン・マナスTOKYOの渡辺純子です。2007年4月、グランドキャニオンにて。
カチン・マナスLAのサイトへもどうぞ。
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